ミャンマーのヤンゴンへ到着

目が醒めるとバスはもうヤンゴンに入っていた。

巨大なバスターミナルで止まり、荷を持って降りると、待ってましたとタクシーの客引きが血眼で襲ってきた。まるでゾンビのように。取り敢えずコーヒーと言うと、茶店に案内してくれた。トイレに行き、コーヒーを注文してGPSマップで位置を確認すると、市街地にある宿まで20kmもある。しょうがないので、ヒッチハイクしようとしたが、よく考えると大きな街なので市バスがあるはずだ。バスの番号を尋ねると36番だという。バス乗り場がよくわからなかったので、団体について行ったが間違っていた。

ヤンゴンにはバイクは走っていない。大きな道路にまだ夜明け前なのにトラックや乗用車が行き交っている。朝靄が不気味でドラマチックだ。

ようやくバス停らしきところへ着き、混雑しているが36番のバスに乗った。入口には料金箱があるがお釣りを貰えない。というかワンマンバスなので、お釣が困る。なので皆払わない。バスは一律200チャットで市街地まで行けるようだ。徐々にバスの乗客が減ってきて座ることができた。約1時間後、夜が明けてヤンゴンの中心地に到着した。

マップを見ながら歩くこと15分ほど、リトルヤンゴンホステルに着いた。イエですでに2泊予約していたので、朝なのに待たずにチェックインすることができた。

そしてこの宿に1週間ほど滞在することになる。

天井の高い大きな部屋を贅沢に使ったドミトリーは8人用で、とりあえず真っ白なシーツだが、入念に南京虫の有無をチェックする。どうやらいないようだが油断できない。鉄製ではなく木製のベッドなのが引っかかる。蚊はやはり多いが押すだけベープの敵ではない。エアコンあり、ブランケットあり、ホットシャワーあり、朝食付きで410円ほど。やっと落ち着いて居れそうだ。そしてブランケットを被って移動で疲れた体を癒した。移動は本当に疲れる。

カフェスタイルなのだが、カフェではないくつろぎスペース兼レセプション兼フリーキッチンである、向かいのビルの一階でスマホを見ていると、私の名前を呼ばれた。ビックリしてそちらを見るとクララだった。偶然の再開にハグをしたが、さほど偶然ではなく同じコースで安宿を選ぶなら必然だった。しかし共にヒッチハイクをして喜びを共感した仲間に再び会うのは嬉しいものだ。あれからのことをあ互いに話したいが、取り敢えずチェックインを済ませてくるクララ。一緒にイタリア人のカップルに列車で出会って来たようだ。クララはゴールデンロックという観光地に行くと言っていて、その一日分同時にヤンゴンに入ったのだ。

クララに話を聞くと、二人乗りしてビーチに行ったフランス人の女性は彼氏と死別したらしかった。道理で暗い影があり、色んなことに怖がっていたのだ。しかし一人で海外に旅に出るとはポジティブなので、きっと素敵な体験をすることだろう。

クララは余りにも大きなザックに入った荷物を国へ送る為、郵便局に行きたいと言う、そしてアウトドアショップでマイクロファイバーのタオルを無くしたから買いたい、そして市場で手提げカバンを買いたいという。観光地巡りではないし、それに付き合うことにした。クララや多くの欧米人はインドビザ取得のため、数日間この宿に滞在するバックパッカーが多かった。

まず川沿いにある郵便局は、土曜日なので海外発送の窓口は閉まっていた。DHLはドイツの運送会社だと初めて知った。次に反対側へ3キロほど歩いてアウトドアショップへ向かった。時間は昼に差し掛かり、日差しが強く、真上から射すので高いビルの影がなくなってくる。30度を超える暑さなので危険だ。

バックパックス4Uという、小さなアウトドアショップには、フランスのdecathlonや中国のNatureHikeの製品が主にあり、NatureHikeは日本のAmazonで買うより安い。decathlonは高めだが、タイまで行くよりは良いだろう。シマノ部品ではないが中古のマウンテンバイクが7000円で売られていた。クララはdecathlonのタオルとNatureHikeのタオルで悩んでいたがdecathlonを勧めた。私はテント用のスリーピングマットを見つけていた。NatureHikeのもので、サーマレストのような折りたたみ式だが嵩張る。値段は28000チャット約2000円。まだヤンゴンにいるし少し悩むとする。今回二度のテント泊を経験したが、マットがないと安眠できない。底冷えするのが原因であり、床の硬さも良くない。decathlonでエアマットが7000円で売られていたが、悩んだ末に折りたたみにした。

次に向かったのは2キロほど歩いて観光名所である土産物屋へ。人は余りいなくて、いかにも観光土産店ばかりだ。お目当てのシンプルな肩下げカバンは見つからない。中国産のマーブルの石が多く売られていた。クララは1ドルのブレスレットを買った。久しぶりに女の子とショッピングした実感が楽しい。市場の出口で生のマンゴーを潰してジュースにしたのを二人でシェアしたり、まさしくデートだった。しかし、若くて足の速い彼女に年寄りな私は次第についていけなくなってきた。一旦宿へ戻ることにした。私は頭痛がして調子が悪かった。そもそも調子が良かった事がない。

宿に戻ると、イタリア人の若い男子と3人でインド料理を食べに行くことになった。彼はすでにチェックアウトしていて、近所にネットでオススメのインド、ネパール料理店があると言う。小さな店内は男性でほぼ満員だ。値段はミャンマーカレーが1700チャット、インドターリーが3000チャット、ネパール定食が2500チャットだったか。クララは小麦アレルギーなのでチャパティを私たちにくれて、ライスのお代わりをした。私のミャンマーカレーは食べてみると懐かしきネパールの味がした。味はさほど美味しくはなく普通だった。私にはミャンマー料理で屋台の方が口にあっている。欧米人は低い椅子に座って汚い路上で食べるのは好きではないらしい。不味くても高いテーブルで食べたいようだ。その気持ちもわかるが、私は安くて美味しい方が良い。

イタリア人の彼は北へ去って行き、クララと宿へ戻った。私はアレルギーも酷くてクララのお勧めの薬を買って飲んだ。そして宿へ戻るとイタリア人カップルがいて、今日行った場所の話をした。彼らは学校で講師をしていたらしい。皆旅の仕方が全く違うのだ。そこへチェコ人で腰まであるドレッドのフォトグラファー、マリーが登場した。マリーもまたインドへ行くビザを待つためにこの宿へ滞在するらしい。

私とクララは近所の屋台でモヒンガーを食べたが、クララはひよこ豆のクラッカーが食べれないようだった。クララが川沿いまで行こうと言い、川へ行く歩道橋の上で止まった。川沿いより歩道橋の上の方がドラマチックなのか。確かにムードはある。でも私は何もできなかった。彼女に魅力がないわけではないが、セクシーとは思わないのだ。

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