タイ北部のヴィパッサナー瞑想センターワット・タム・ウアで万仏祭に参加

2月4日

ワットタムウアでの瞑想生活四日目、朝5時に寒さで目が覚めて凍えながら散歩。

食堂に行き、お茶を飲みながら本を読む。間も無く朝の托鉢の時間で僧侶達に食べ物を供える。

朝飯は大根の煮物と、ライス、犬の餌のようなクラッカー、バナナ。

予想を裏切られ、小さな関西人のHさんが私の前に座った。

昼食に沈黙ではない席に座ると、隣から日本語が聞こえてきた。私と同じ年くらいの千葉のおじさんと、沖縄の女性が居て、まともな日本人と会話した。Hさんは普通のようで、どこか普通じゃないのだ。しかし、私は普通じゃない人に興味がある。

朝の歩き瞑想の時にHさんの後ろを歩いてみた。彼は小柄でユックリ歩くとかなりよろけている。バランス感覚が悪いのか、自分のペースじゃないと歩けないのだろう。歩き瞑想は確かに集中しないとフラフラしてしまう。と言うことは彼は歩くことに全く集中していないのだ。キョロキョロしたり、独自の歩き方をしたり、中々楽しませてくれた。彼はダンマホールに来る時の歩き方もヒョコヒョコとして変なのだ。どうやらこのタムウアが気に入って5回目らしいが、何が気に入ったのかと予想すると、女性と出会う機会が多いからだと思う。彼は風俗に行くようなタイプではない。そして、観察していると女性に対して敏感に反応している。それを察知した女性は離れていく。

確かにこのタムウアには欧米人も含めて美人が多いと思った。思うにヨガのように瞑想で心が美しくなれると思っているからだ。確かに心が美しくなれば外観も美しくなるのだ。

しかし、日本人は極端で、全く目立たないような女性か、外見を全く意識していないオバさんもいる。Hさんの女性版かも知れない。

日本人と思っていた、金髪で長髪でヒゲの男性が実は韓国人だった。韓国では医療大麻がタイと時期を同じくして合法になった。
彼はカンナビノイドのドクターだと言った。

そして、午後に売店に行き、LINE電話していると、中国人の彼が美人と座っていて、来いと呼んでくれた。23才の女優を目指す北京の女性で、ニューヨークに住んでいたらしく。英語がペラペラなのだ。ニューヨーカーらしい自信満々な喋り方とクールさを感じ、少し小馬鹿にした態度を私がしてしまったかも知れない。仏教と瞑想を通じて是非心も美しくなってほしい。尊大な気持ちと傲慢さは醜いものだ。

夜の瞑想の後、千葉の男性と話して茶を飲んだ。消灯の時間にチョイさんがお菓子をくれたので、明日のランチを一緒に食べようと誘った。

今日のランチはチョイさんが通りかかったのだが、日本人男性が2人いて入り辛かっただろう。確かに韓国人で集まっていたら中に入り辛いし、日本語で話されると面白くない。

団体での生活は気を使ってしまい、難しいものだ。だから便利に「サイレント」札を使うのか。しかし彼らに教えることはできない。なぜなら上座仏教に説教という方法が無いからだ。

非殺生を無視している人がいても、「殺さないで」と咎めることはできない。それは押し付けになるからだ。彼らが気付くまで待たなければならない。

瞑想していると色んなことに気付いてくる。ある事柄に一生気付かないかも知れないが、気付き始めたということが重要なようだ。

2月8日万仏祭(マーガ・プージャ)でキャンドルサービスを体験

タイの仏歴の3月の満月に当たるこの日は、2月8日でMāgha Pūjā(万仏祭)という祝日であり、仏教寺院ではセレモニーが行われる。

修行者は各自に、花のろうそく立てとお香と、花を数本手渡され、お経を聞きながら満月の下、寺院庭園内を3周歩く。

その後、祭壇にろうそくを立ててお祈りをするという儀式だ。

なかなか幻想的でロマンチックでタイの伝統的な習わしを体感できるので、2月の満月の際にタイに居たら、最寄りの寺院に行くと参加できるだろう。

仏教徒が、ブッダが入滅する3ヶ月前の陰暦3月(月宿 マカ(磨羯宮、南方朱雀の「星」、うみへび座α星)に白道のあるとき)に王舎城の竹林精舎で戒律(オヴァータ・パーティモカ)を説いた。そのときブッタが具足戒を与え、悟りを得た1250人の比丘が何の事前の知らせもなく集結した奇跡を記念した日。タイでは、人々は寺で説法を聞き、手に蝋燭を持ち本堂を3巡する。公共の場では基本的に、禁酒になる習慣がある。

Wikipedia

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